ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」
第6回:
-初のコンピュータ制御のシーケンサー-
次にローランドが取り組んだのは、シーケンサーの開発でした。初のコンピュータ内臓シーケンサーMC-8はシステム700が発売された約1年後の1977年6月に発売されました。MC-8を開発したいきさつについて赤松氏は次のように話しています。「それまでのつまみで設定するシーケンサーだと最大24ステップとか36ステップとか、限界がありました。設定も大変だし。ちょうどこの頃8080というマイクロコンピュータが出始めたので、コンピュータ制御をやろうということになったんですよ。でも、我々にもそういった技術がなくてね。そこで、ローランド・カナダの紹介でラルフ・ダイクというピアニストを紹介してもらったんですよ。彼は、コンピュータを使わずにロジックでシーケンサーを作って、それで音楽を作っていたんですね。梯社長と一緒に彼に会いに行ったら、非常に面白いことをやっていました。電卓で、テンキーを使って入力していたんですよ。彼と共同でパテントを出願し、我々はそれをマイクロコンピュータで制御してMC-8を完成させたんですよ。ゲート・タイムとステップ・タイムと言う考え方も彼のアイデアでした。シンセサイザーと言うものは非常にロジカルな楽器で、時間や音の高さが電圧であらわされている。そうすると、コンピューターから電圧を発生させれば同じことが出来るのではないかと思い始めたんです。コンピューターも高かったし、デジタルをアナログに変換する為のD/Aコンバーターも高かったんですけど、一応使って完成させたんです。楽器業界ではコンピューターを導入しているところはなかったので、開発環境も含めて、かなりの投資でした」
この頃から開発スタッフに加わったのが山端氏だ。学生時代はバンドでギターを弾いていて、いろいろな楽器を自分で自作する趣味もあったそうです。山端氏はローランドでMC-8、JUPITER-8からJUNOシリーズ、Uシリーズなどの主力商品を開発してきました。彼はMC-8の仕様について今でも詳しく覚えているそうです。
「今でこそROMもメガバイト・ギガバイトの単位になっていますが、当時は256バイトで、それを20個使った5キロバイトのプログラムでした。RAMはSRAMが4キロバイト入っていて、オプションでDRAMが12キロバイト増設できました」
今でこそMIDIがありますが、当時はMIDIはおろかコンピューター制御のシーケンサーはまったくなかったので、音符をどのようにして数値化するのかという部分が大きな問題となったそうです。その部分がわかりにくければ、そのシーケンサーの致命傷となるからです。というよりも、今現在のようにシーケンサーが普及することもなかったかもしれません。
赤松氏は「まず音の高さは数字で順番に表せますよね。音の長さは4分音符を24で表しました。これは確か当時のリズム・マシンが24だったからだと思います」山端氏は「3連符があるから3と4の公倍数にする必要があったんです」と言う。
システム700もMC-8も非常に高額な商品でした。そうなればほとんど売れる台数は見込めませでした。事実これらの商品だけを見てみれば売上金額よりも開発費の方がかさんでしまったようです。しかし、その後の商品を作っていく上での基礎研究ができたし、エンジニアにとっての自信にもつながったようです。赤松氏は「当時は面白いことに、デジタルはアナログに比べて不安定だという評価が開発者の間でなされていたんです。湿度が高くなるとメモリーが暴走するんですよ。回路もね・・・。違うメーカーのメモリーを使うと動かなくなったりね。その辺は苦労しました。でもおかげでローランドがデジタルに入っていくための基礎的技術が勉強できました。次のステップも見つけやすくなりました。対外的にもローランドと言うメーカーはシンセサイザー・メーカーだっていうイメージはこういう製品を出したことによって植え付けることが出来たんだと思います」
山端氏も「システム700とMC-8は高額商品なので、高くても出来るだけ信頼性のある回路をふんだんに使って、あやしげなことはやらないで作ったので、そういった意味でも次に作る時の参考になりました。のちのち、シンセサイザーを作っていて何か問題にぶつかると、システム700の回路を見てみるというようなことがしばしばありました」と語っています。
この頃にはSH-1などの、10万円を切る製品も現れて、アマチュア・ミュージシャンの間でもシンセサイザーを手にする人が増えてきたそうです。シンセサイザーを認識させていく過程について、梯氏は「最初はまだキーボード専門誌は発売されておらず、業界紙しかありませんでした。かなり特殊な楽器でしたから、当時は将来現在のような状況になるとは思いませんでした。アマチュアの人たちが興味を持ってくれたのは、1978年のSH-1ぐらいからじゃないでしょうか。やはり10万円を切るというのが1つのきっかけでしたね。でも本当にユーザー層が広がってきたのは、もっと後です。JUNO-106の後。MIDIがスタートする頃からでした」
MC-8(1977年発売)
8ch仕様・5400音記憶可能
記録媒体:カセットテープ
クラフトワークやYMOがこぞって使った、音楽の歴史を変えた名器
発売当時価格:1,200,000円
MC-4
4ch仕様
TypeAはメモリーが16KByte仕様で最大3750音、
TypeBはメモリーが48KByte仕様で最大11250音のデータを入力出来る
発売当時価格:
TypeA¥330,000
TypeB¥430,000
SH-1(1977年発売)
1VCOのアナログシンセサイザー。
基本回路の構成にシステム700のノウハウが反映された完成度の高いモデル。
サブオシレーターを始めて搭載し、樹脂形成による筐体も初採用。
発売当時価格:99,000円
SH-7(1977年)
SH-5の後継モデルとして発売された2VCOタイプのアナログ・シンセサイザー。
筐体はやや小型のものに変更されている。
2基のVCOを生かして2ボイスとしても使用することが出来た。
発売当時価格:239,000円
SH-09(1977年発売)
SH-1をベースに様々な部分でコスト・ダウンを図った結果、驚異の79,000円という低価格を実現したシンセサイザー。
日本のシンセサイザーの普及に大きく貢献した1台。
発売当時価格:79,000円
第7回へ続く
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