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2004年09月03日(Fri)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第16回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第16回:
XP-50(1995年発売)
JV-1080譲りの音源部と、ループ・レコーディング、クイック・プレイ機能などを備えたシーケンサー部からなるワークステーション。
RPS(リアルタイム・フレーズ・シーケンス)も搭載していた。
発売当時価格:175,000円

XP-10(1995年発売)
16パート・マルチティンバーのGS/GM音源を搭載したXPシリーズの低価格モデル。
30種類のスタイルを内蔵した新開発のアルペジエータやコンビネーション・パレットなどを搭載。
発売当時価格:69,800円

XP-80(1996年発売)
XP-50をベースに様々な部分をリファインし、適度な重さの76鍵の鍵盤に変更したXPシリーズの最上位モデル。
シーケンサー部分のメモリーは6万音とXP-50の3倍に増えた。
発売当時価格:235,000円

JP-8000(1996年発売)
アナログ・モデリング音源を豊富なツマミとスライダーで操作する8ボイス仕様のシンセサイザー。
パネル上での操作を記憶、再生することができるモーション・コントロール機能を搭載していた。
発売当時価格:158,000円

JV-2080(1997年発売)
まさに全世界でスタンダード機と言えるほどの人気を博した音源モジュール。
640パッチ、16マルチティンバーなどといった仕様で、当時のサンプル・プレイバック音源の最高峰に位置していた。
発売当時価格:159,000円

第17回へ続く
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2004年08月25日(Wed)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第15回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第15回:
JV-1000(1993年発売)
JV-80の音源部をリファインし、MC-50MKUのシーケンス・エンジンを搭載した、ワークステーション。
エクスパンジョン・ボードによる拡張性に優れ、最大パッチ数993音色、56音ポリを実現した。
発売当時価格:249,000円

JV-35(1993年発売)
低価格ながら、エクスパンジョン・ボードによって738音色、同時発音56を実現した、コストパフォーマンスに優れた機種。
別売のVE-JV1によりJV-1000と同等のシンセ・エンジンを移植可能だった。
発売当時価格:118,000円

JV-90(1993年発売)
JV-1000からシーケンサーを取り除いたシンセサイザー。
”エクスパンダブル”というコンセプトを掲げ、用途に合わせエクスパンジョン・ボードで音色数や同時発音数を拡張できた。
発売当時価格:169,000円

JUV-50(1993年発売)
JV-35と同等の機能を備えた上に、SMFプレーヤーを搭載したモデル。
JV-35・JV-90と同じように、JVシリーズの”エクスパンダブル”というコンセプトに則り、56ボイスまで拡張できた。
発売当時価格:145,000円

JD-990(1993年発売)
JD-800の操作性を大型ディスプレイによって実現した音源モジュール。
リング・モジュレーションやオシレーター・シンクが可能になり、その他にもFXM機能や8マルチエフェクタを搭載していた。
発売当時価格:200,000円

JV-1080(1994年発売)
64ボイス、16パート・マルチティンバー使用のシンセサイザー・モジュール。
別名「Super JV」。
音色拡張ボードを4枚同時装着可能で、最大1741種類のパッチを使用できた。
発売当時価格:149,000円

第16回へ続く
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2004年08月11日(Wed)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第14回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第14回:
JD-800(1991年発売)
パネル上部にずらりと並ぶスライダーを使い。全部のパラメーターをアナログ感覚でリアルタイムに制御できた弟子たる・シンセサイザー。
1つのパッチは最大で4つのトーンで構成され、分厚い音作りが可能。
発売当時価格:300,000円

JX-1(1991年発売)
低価格ながら生楽器やアナログ・シンセサイザー音など、オールマイティーなプリセット音色を搭載したプレイバック・タイプのキーボード。
8つのパラメーターを持ったエディット機能も装備。
発売当時価格:79,000円

JV-80(1992年発売)
8本のパラメーター・スライダーを搭載し、アナログ感覚の操作性を実現したPCM・シンセサイザー。
エクスパンジョン・ボードのベストセラーSR-JVシリーズを搭載可能にした一番最初の製品。
発売当時価格:

JV-30(1992年発売)
JV-80の姉妹モデル。高品位なPCM音源を189種類搭載。
簡単な操作性も魅力的な16パート・マルチティンバーのシンセサイザー。
フィルター、エンベロープ、ビブラートによって音色作りを行う。GS対応。
発売当時価格:179,000円

JV-880(1992年発売)
JV-80の高品位なサウンドと多機能を1Uラックサイズに凝縮したPCM方式の音源モジュール。
メインとサブの4系統の出力を備えるほかに、音色を本体のみで確認できるプレビュー機能を装備していた。
発売当時価格:99,800円

JW-50(1992年発売)
高機能の16トラック・シーケンサーを搭載した、GS音源内蔵のワークステーション。
作曲支援ツールとしてバッキング機能を装備しているほか、音色やデータのエディットが簡単なのも魅力の1つだった。
発売当時価格:195,000円

第15回へ続く
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2004年08月07日(Sat)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第13回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第13回:
U-20(1989年発売)
U-110と音色データの互換性を持つRS-PCM方式音源を採用したシンセサイザー。
音色の管理を行うサウンド・パッチと、MIDI関係の管理を行うキーボード・パッチがある独特の操作が特徴。
兄弟機種にRhodesブランドのModel760と660がある。
発売当時価格:165,000円

D-5(1989年発売)
Dシリーズ最大の特徴であるLA音源を搭載し、アルペジエータ機能などを搭載しつつ、99,800円という低価格を実現したモデル。
発売当時価格:99,800円

U-220(1989年発売)
発音方式にRS-PCM方式音源を採用し、より高音質化を図ったU-110の上位機種。
内蔵エフェクタとしてコーラスとリバーブを搭載。
ただし、カードスロットはU-110の4から2へ減った。
発売当時価格:110,000円

D-70(1990年発売)
LA音源をより強化したアドバンストLA音源方式を採用したシンセサイザー。
音色の素材となるウェーブ・データそのものを生み出すDLM機能を搭載し、音作りの可能性を無限に広げた機種。
発売当時価格:250,000円

第14回へ続く
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2004年07月31日(Sat)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第12回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第12回:
D-50(1987年発売)
LA音源(Linear Arthmetic)方式を搭載した、ローランド初のデジタル・シンセサイザー。
デジタル・フィルターやエフェクターなども搭載。
アナログ的なサウンドも得意とした大ベストセラー機種。
発売当時価格:238,000円

D-550(1987年発売)
LA音源のD-50のラック・バージョン。
エディット・パラメーターをリアルタイムで操作できるPG-1000を利用可能。
発売当時価格:198,000円

D-10(1988年発売)
低価格ながらD-50ゆずりのLA音源搭載機。
マルチ・ティンバー(マルチ音源)機能やリズム・マシン機能を備えたデジタル・シンセサイザー。
7種類のデジタル・リバーブを持つ。
ROMプレイの内蔵もはじめて。
発売当時価格:119,000円

D-110(1988年発売)
D-10の1Uラック・タイプ・シンセサイザー。
発売当時価格:83,000円

D-20(1988年発売)
D-10の基本機能に、9トラックのマルチレコーディングが可能なシーケンサーと3.5インチのフロッピー・ディスク・ドライブを加えたモデル。
発売当時価格:165,000円

U-110(1988年発売)
DC-PCM音源方式を応用したサンプル・プレイバック音源。
数多くの楽器音色を内蔵するほかに、4枚のメモリーカードを同時に挿入が可能で、これらを組み合わせてパッチを構成することも出来た。
発売当時価格:93,000円

第13回へ続く
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2004年07月29日(Thu)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第11回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第11回:
Juno-106S(1985年発売)
Jono-106にステレオ・スピーカーを搭載したモデル。
スピーカー以外の仕様はまったく同じである。
音色メモリ・データのセーブにテープを使用していました。
発売当時価格:159,000円

αJuno-1(1985年発売)
専用設計の音源LSIを搭載し49鍵仕様としたJunoシリーズのロー・コスト版。
6音ポリフォニックで128音の音色メモリが可能ながら、10万円を切る価格が大きな魅力だった一台。
発売当時価格:99,800円

αJuno-2(1985年発売)
αJuno-1の上位機種。鍵盤数も61鍵に増えました。
Junoシリーズの特徴である、ストリング系の音色はこの機種でも存分に味わえます。
αJuno-1/2共通のプログラマPG-800がありました。
発売当時価格:139,000円

JX-10(1986年発売)
JX-8Pの音源部分を2台分搭載した、76鍵仕様のDCOタイプのアナログ・シンセサイザー。
12音ポリフォニックで、別名「Super JX」と呼ばれました。
音色プログラマはPG-800を使用することが可能でした。
発売当時価格:298,000円

MSK-70(1986年発売)
JX-10のラックタイプ・シンセサイザー。
ポルタメント・ディレイ・コーラスの3種類のエフェクトを備え、メモリースロットも用意されていました。
発売当時価格:248,000円

MSK-50(1986年発売)
αJunoシリーズのラックタイプ・シンセサイザー。
ポルタメントやデチューンなどのパラメーターもパッチに加えることが出来ました。
コード・メモリ機能も搭載していました。
発売当時価格:69,800円

第12回へ続く
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2004年07月24日(Sat)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第10回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第10回:
その後もローランド・シンセサイザーのデジタル化も加速度の度を加えていきました。1983年に発売されたJX-3Pでは、デジタル・コントロールのオシレーターを採用し、初めてMIDIにも対応しました。翌1984年に発売されたDCOシンセサイザー、JUNO-106は空前のセールスを記録し、再び世界のシンセサイザー業界を震撼させました。そして1987年にはいよいよフル・デジタルの名機、D-50が登場しました。
これ以降は言わずもがなの機種が占めています。

JX-3P(1983年発売)
Jupiter-6と同時に発売された2DCO/6音ポリフォニックのアナログ・シンセサイザー
MIDI対応。PG-200という専用プログラマも発売された。
発売当時価格:185,000円

Jupiter-6(1983年発売)
Jupiter-8を6音ポリに縮小するとともに、技術的な工夫を凝らし価格を半額程度に抑えたモデル。
しかも安定度の高いオシレーターやMIDI端子装着などトピックは多い。
発売当時価格:490,000円

Juno-106(1984年発売)
Jono-60の後継機種となる1DCO/6ポリフォニックのアナログ・シンセサイザー。
音色メモリ数は128。後のダンス〜テクノ系アーティストの間で幅広く活用された機種。
発売当時価格:139,000円

MSK-30(1984年発売)
JX-3Pの2Uラック版。JX-3PではMIDI受信チャンネルが1に固定されていましたが、この機種ではチャンネル設定が可能となっています。
JX-3P用の音色プログラマPG-200も使うことが可能。
発売当時価格:148,000円

MSK-80(1984年発売)
Jupiter-6を8音ポリフォニック化した2Uラック・タイプのシンセサイザー。
「Super Jupiter」の別名を持ち、楽器音からSEまで幅広く使える音が特徴。
音色プログラマPG-80も発売されていました。
発売当時価格:348,000円

JX-8P(1984年発売)
JX-3Pのアップグレード版。6音ポリフォニック/2DCOタイプのアナログ・シンセサイザー。
JXシリーズの定番仕様として別売の音色プログラマPG-800が用意されていました。
発売当時価格:228,000円

第11回へ続く
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2004年07月22日(Thu)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第9回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第9回:
山端氏は「Jupiter-8は途中で2回大きなバージョンアップをしています。D/Aコンバータを12ビットから14ビットに精度を上げました。その結果チューニングの精度が良くなりました。そのときにシンクロの聞き方を少し変えたりという事もしています。もう1つはDCBをつけたことです」
これでローランドのアナログ・シンセサイザーの歴史には幕がおろされました。梯氏はアナログ・シンセサイザーについて次のようにコメントしています。「作る側から言うと、アナログ・シンセサイザーは大変だったという事に尽きます。抜け出せてほっとしたという重いでした。そのへんは使う側のミュージシャンと、作る側では違う立場でしょう。やはり不安定だったというのは欠点でしたよね。不安定さがかもし出す味というのも確かになって、それでアナログ独特の音を作っていたという部分はあるでしょう。でも、今ではデジタルでそういう要素を人為的に作り出すことは可能です。もうアナログでないとということはないと思いますよ」

Jupiter-8(1981年発売)
8音ポリフォニック/64音色メモリーを実現したアナログ・シンセサイザー。
キー・スプリットや、パッチ・プリセット、オートアルペジオなど多彩な機能を搭載。
その実力は当時だけでなく今でも高い評価を得ている。
発売当時価格:980,000円

Juno-6(1982年発売)
オシレーターにDCOを採用した6音ポリフォニック・アナログ・シンセサイザー。
コーラス・エフェクトを内蔵してサウンド作りの幅を広げた。
キートランスポーズ機能も搭載している。
発売当時価格:169,000円

SH-101(1982年発売)
1VCOのアナログ・シンセサイザー。
オプションでモジュレーション・グリップを装着可能。
小さく電池駆動も可能だったのでショルダー・シンセサイザーとしても使用できた。
3色のカラー・バリエーションもあった。(シルバー・レッド・ブルー)
発売当時価格:59,800円

Juno-60(1982年発売)
Juno-6に音色メモリー機能が追加されたモデル(56音色をメモリー可能)
外部機器とのコントロール情報のやり取りにはDCB規格のインター・フェイスを搭載していた。
発売当時価格:238,000円

第10回へ続く
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2004年07月21日(Wed)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第8回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第8回:
-ターニングポイント-
以後ローランドのシンセサイザーは急速に評価を高め、1981年に同社のアナログ・シンセサイザーの最高傑作Jupiter-8が登場しました。Jupiter-4の発売からは3年が経過していて、それだけ解決すべき問題も多かったのでしょう。
山端氏は「Jupiter-4には4枚の音源ボードが入っていたわけです。始めはそのボードを8枚にした楽器を作ろうということから始まったんですけど、いろいろ問題があって結局は回路を全面的に作り直すことになりました。例えばチューニングの問題。ポリフォニックになるとものすごくシビアになります。Jupiter-4ではどうしても微妙にずれてきて。4音ユニゾンでなるモードがあって、それだとモロに分かってしまうわけです。8音ユニゾンならなおさらですよね。そこで、Jupiter-8では初めてコンピュータ・チューニングを採用したんです。いつでもピッチがきちんと合ったものを作ろうというのは最大のテーマでした」
「また、新しい機能の追加としてはオート・アルペジオなんかは評判が良かったですね。あと、デュアルとかスプリットというようなパッチの組み方が記憶できるようになりました」
赤松氏も「Jupiter-8は音への評価が高かったでしょ。それはフィルターをカスタムで作って、全部の特性をきちっと揃えられるようになったことが大きいと思います。それで音のキレが良くなったんでしょうね」
このJupiter-8でローランドはアナログ・シンセサイザーの頂点を極めました。アメリカで日本のシンセサイザーの音が認められたのも、このJupiter-8による功績が大きいといえると思います。
梯氏は「最初はアメリカに追いつけ、追い越せ、ということでやっていました。でも、Jupiter-8でがらっと変わりました。今ではアメリカより日本の方が強くなっていますが、そのターニングポイントはやはりJupiter-8だったと思います。今振り返ると、Jupiter-8にしても、アマチュアでは買えない値段だったから、最初は日本では売れませんでした。海外で100台売れたとしたら、国内で5台ぐらいというような割合でした。何とか輸出比率を50%くらいに持っていきたいと話していましたよ。結果的に海外で高い評価が得られるようになったから国内でも売れたという感じでしたね」
しかし、技術者たちは1つの目標を達成しただけでは満足しませんでした。


第9回へ続く
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2004年07月18日(Sun)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第7回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第7回:
-ポリフォニック化の実現-
さて、1976年の半ば頃から取り組んでいたというポリフォニック化がそろそろ形になり始めてきました。これは1978年に発売されたJupiter-4で本格的に実現されました。
「いかに1モジュール(1ボイス)のコストを下げるかという問題だった」と赤松氏は話しています。
また、山端氏は「ポリフォニックにするには、当然複数の音源が必要となる。そうなると、2つの新しい技術が必要となってきます。1つは音色を共有し、全部のモジュールを鳴らすという事。もう1つは鍵盤と音源との関係です。つまりどの音源をどうやって弾かれた鍵盤に割り当てるのかという事です。ちょうどマイクロコンピュータが使えるようになってきていた時代だったので、それが解決できました。技術的な部分と、市場の需要がピッタリ合致したんですね。その辺の問題がクリアできると、今度はコンピュータを使っているんだったら当然メモリするという事が出来ますよね。数値化されたパラメーターのデータをメモリに入れておき、瞬時に読み出すという事もできるようになったんです。Jupiter-4の場合は、コンピュータが2つ入っていて、片方が鍵盤のアサイン(割り振り)、そしてもう1つが音色のメモリやコントロールをやっていたんです」

Jupiter-4(1978年発売)
ローランド初のポリフォニック・アナログ・シンセサイザー(4ボイス)
ユニゾン・モード時の4VCOサウンドは出色で、ユーザー音色メモリー機能も搭載。
発売当時価格:385,000円

システム100M(1978年発売)
システム700の普及モデルとして発売された。
小型の各種モジュールと電源内蔵ラックで構成されるコンポーネント・タイプのモジュラーシンセサイザー。
鍵盤には32鍵タイプと39鍵タイプと49鍵タイプがあった。
発売当時価格:2260,000円(112+121+130+140+150+181+191J)

SH-02(1979年発売)
2VCO+1サブオシレーターによる分厚いサウンドが人気を集めたアナログ・シンセサイザー。
SH-09と同様に10万円を切る価格で大ヒットし、今なおその音色を愛好する人は少なくない。

Promars(1979年発売)
Jupiter-4の2ボイス分と同じ音源を持つ2VCOタイプのアナログ・シンセサイザー。
Jupiter-4同様、8音色のユーザーメモリー機能と、10種類のプリセット音色を内蔵。

第8回へ続く
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2004年07月15日(Thu)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第6回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第6回:
-初のコンピュータ制御のシーケンサー-
次にローランドが取り組んだのは、シーケンサーの開発でした。初のコンピュータ内臓シーケンサーMC-8はシステム700が発売された約1年後の1977年6月に発売されました。MC-8を開発したいきさつについて赤松氏は次のように話しています。「それまでのつまみで設定するシーケンサーだと最大24ステップとか36ステップとか、限界がありました。設定も大変だし。ちょうどこの頃8080というマイクロコンピュータが出始めたので、コンピュータ制御をやろうということになったんですよ。でも、我々にもそういった技術がなくてね。そこで、ローランド・カナダの紹介でラルフ・ダイクというピアニストを紹介してもらったんですよ。彼は、コンピュータを使わずにロジックでシーケンサーを作って、それで音楽を作っていたんですね。梯社長と一緒に彼に会いに行ったら、非常に面白いことをやっていました。電卓で、テンキーを使って入力していたんですよ。彼と共同でパテントを出願し、我々はそれをマイクロコンピュータで制御してMC-8を完成させたんですよ。ゲート・タイムとステップ・タイムと言う考え方も彼のアイデアでした。シンセサイザーと言うものは非常にロジカルな楽器で、時間や音の高さが電圧であらわされている。そうすると、コンピューターから電圧を発生させれば同じことが出来るのではないかと思い始めたんです。コンピューターも高かったし、デジタルをアナログに変換する為のD/Aコンバーターも高かったんですけど、一応使って完成させたんです。楽器業界ではコンピューターを導入しているところはなかったので、開発環境も含めて、かなりの投資でした」
この頃から開発スタッフに加わったのが山端氏だ。学生時代はバンドでギターを弾いていて、いろいろな楽器を自分で自作する趣味もあったそうです。山端氏はローランドでMC-8、JUPITER-8からJUNOシリーズ、Uシリーズなどの主力商品を開発してきました。彼はMC-8の仕様について今でも詳しく覚えているそうです。
「今でこそROMもメガバイト・ギガバイトの単位になっていますが、当時は256バイトで、それを20個使った5キロバイトのプログラムでした。RAMはSRAMが4キロバイト入っていて、オプションでDRAMが12キロバイト増設できました」
今でこそMIDIがありますが、当時はMIDIはおろかコンピューター制御のシーケンサーはまったくなかったので、音符をどのようにして数値化するのかという部分が大きな問題となったそうです。その部分がわかりにくければ、そのシーケンサーの致命傷となるからです。というよりも、今現在のようにシーケンサーが普及することもなかったかもしれません。
赤松氏は「まず音の高さは数字で順番に表せますよね。音の長さは4分音符を24で表しました。これは確か当時のリズム・マシンが24だったからだと思います」山端氏は「3連符があるから3と4の公倍数にする必要があったんです」と言う。
システム700もMC-8も非常に高額な商品でした。そうなればほとんど売れる台数は見込めませでした。事実これらの商品だけを見てみれば売上金額よりも開発費の方がかさんでしまったようです。しかし、その後の商品を作っていく上での基礎研究ができたし、エンジニアにとっての自信にもつながったようです。赤松氏は「当時は面白いことに、デジタルはアナログに比べて不安定だという評価が開発者の間でなされていたんです。湿度が高くなるとメモリーが暴走するんですよ。回路もね・・・。違うメーカーのメモリーを使うと動かなくなったりね。その辺は苦労しました。でもおかげでローランドがデジタルに入っていくための基礎的技術が勉強できました。次のステップも見つけやすくなりました。対外的にもローランドと言うメーカーはシンセサイザー・メーカーだっていうイメージはこういう製品を出したことによって植え付けることが出来たんだと思います」
山端氏も「システム700とMC-8は高額商品なので、高くても出来るだけ信頼性のある回路をふんだんに使って、あやしげなことはやらないで作ったので、そういった意味でも次に作る時の参考になりました。のちのち、シンセサイザーを作っていて何か問題にぶつかると、システム700の回路を見てみるというようなことがしばしばありました」と語っています。
この頃にはSH-1などの、10万円を切る製品も現れて、アマチュア・ミュージシャンの間でもシンセサイザーを手にする人が増えてきたそうです。シンセサイザーを認識させていく過程について、梯氏は「最初はまだキーボード専門誌は発売されておらず、業界紙しかありませんでした。かなり特殊な楽器でしたから、当時は将来現在のような状況になるとは思いませんでした。アマチュアの人たちが興味を持ってくれたのは、1978年のSH-1ぐらいからじゃないでしょうか。やはり10万円を切るというのが1つのきっかけでしたね。でも本当にユーザー層が広がってきたのは、もっと後です。JUNO-106の後。MIDIがスタートする頃からでした」

MC-8(1977年発売)
8ch仕様・5400音記憶可能
記録媒体:カセットテープ
クラフトワークやYMOがこぞって使った、音楽の歴史を変えた名器
発売当時価格:1,200,000円

MC-4
4ch仕様
TypeAはメモリーが16KByte仕様で最大3750音、
TypeBはメモリーが48KByte仕様で最大11250音のデータを入力出来る
発売当時価格:
TypeA¥330,000
TypeB¥430,000

SH-1(1977年発売)
1VCOのアナログシンセサイザー。
基本回路の構成にシステム700のノウハウが反映された完成度の高いモデル。
サブオシレーターを始めて搭載し、樹脂形成による筐体も初採用。
発売当時価格:99,000円

SH-7(1977年)
SH-5の後継モデルとして発売された2VCOタイプのアナログ・シンセサイザー。
筐体はやや小型のものに変更されている。
2基のVCOを生かして2ボイスとしても使用することが出来た。
発売当時価格:239,000円

SH-09(1977年発売)
SH-1をベースに様々な部分でコスト・ダウンを図った結果、驚異の79,000円という低価格を実現したシンセサイザー。
日本のシンセサイザーの普及に大きく貢献した1台。
発売当時価格:79,000円

第7回へ続く
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2004年07月08日(Thu)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第5回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第5回:
-シンセサイザー・メーカーのステータス-
そして1976年にモジュラー・シンセサイザー、システム700が完成しました。トータルシステムで265万円という、日本アナログ・シンセサイザーの最高峰でした。
「やはりシンセサイザー・メーカーとしてステータスが必要だと言うことでね。楽器フェアに向けて開発していきました。その頃はシステム・シンセサイザーのでかいやつはウン千万円の世界でしたから。それを安くしようと言うことで。それでも240万円でしたからね。ローランドではその頃一番高い商品でした。モジュールの入れ替えが出来てユーザーが選べるシステムを作ろうと言うことでした。その頃になるとシンセサイザーのマニアックな人たちも出てきていましたから。もちろん富田勲さんのようにレコーディングで使われた方とか。富田さんのところに1セット入った時は感激しましたね。技術屋冥利に尽きると言った感じでした。これで音楽を作ってもらっていると思うとね。もちろんアマチュア向けではないので、台数は出ませんでしたけど、放送局関係とかにも売れました。NHKやBBCなどにも。また大学などにも。放送局ではSE(効果音)などを出すことに、学校では音の3要素の説明であるとか、教育に使われたようです」
「中の配線は完全に切れていて、ユーザーがパッチをつないで音を作っていくので、ありえない組み合わせでの作れるわけです。音作りに関する自由度最大でした。これも1年ぐらいで作ったんですけど1週間に1つのモジュールを開発していかないと間に合わないようなスケジュールで開発していきました。ただ、このことになるとICも安くなり、安定度が増してきたのでだいぶ安定してきましたね」
「シーケンサーであるとか、ギター・シンセサイザーにつなげる仕組みであるとか。ピッチシフターやフェイズシフター、フランジャーやリバーブにディレイも入っていました。当時あったエフェクターは全部入っていました。そういうコンセプトでしたからね」

システム700(1976年発売)
9VCO・4VCF・5VCA・4ENV・3LFO・ミキサー・アナログシーケンサー・エフェクタなどで構成されている。
国産初にして唯一の大型モジュラー・シンセサイザー。
フルシステムの価格は2,650,000円

システム100(1976年発売)
2VCOの小型シンセサイザーと、エキスパンダー・ミキサー・アナログシーケンサー・スピーカーの各ユニットで構成されたシステム。
単品での購入も可能だった。

第6回へ続く
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2004年07月07日(Wed)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第4回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第4回:
-第2段階-
「でもあの時は、結構衝撃的でした。オルガンやフルートの伸びる音は、パッと出てパッと消える音とは違って、揺らぎがあったり、ビブラートも少しかかる」と赤松氏は当時を振り返っている。
梯氏も「今だったら当然なんだけど、当時としては非常に斬新だった。アタックなども自由に変えられると言うことがね。時間に対してハーモニクスのコンテクストが変えられたりするということが画期的だった。当時のオルガンは音を継続させるだけだったから」
「でも、ポリフォニックが必要だと思いました。和音は未だオルガンでしか出せなかったから。でもそのためには解決すべき問題が多すぎた。特に安定度の問題でね。今から思うとそれは大変な技術なんです。ローランドで本格的にポリフォニックを研究し始めたのは1976年半ば頃からでしたね」と語っています。
確かにポリフォニック・シンセサイザーの話をするのはまだ早い。とにかく第1号機を完成させたという段階でした。しかし、第一歩を踏み出したと言うことで、同社の技術陣には、ほんの少し余裕が出来たようでした。
次に赤松氏らが考えたのは「今度はもう少し周波数を安定させようとか、やはり音楽性を追及しようということで、アフタータッチをつけようと」このようにして1974年に誕生したのが「SH-2000」でした。この機種はプリセットをベースにした機種でしたが、プリセットを持たないSH-3・SH-3Aや、初めてピッチ・ベンド機能を持ったSH-5などが発売されるようになりシンセサイザーもオルガンの付属ではなく独自の楽器としての道を歩き始めました。
SH-5が発売された1975年頃から日本国内におけるシンセサイザーへの認識も次第に高まり始め、次第にローランドのシンセサイザーも国内で売れるようになってきました。

SH-3・SH-3A(1974年発売)
コントロール機能を全面的に採用した1VCOのアナログ・シンセサイザー。
SH-3とSH-3Aの2タイプあり、外観と内部構造が多少異なっていました。
フィート列合成による分厚い音が特徴。
発売当時価格:185,000円(SH-3A)

SH-2000(1974年発売)
アフター・タッチのついたプリセット専用アナログ・シンセサイザー。
この機種の大きな特徴は、Hz/oct方式を採用していること。
(他の機種は1V/1oct方式)
発売当時価格:185,000円

SH-5(1975年発売)
ローランド初の2VCOタイプのアナログ・シンセサイザー。
ケース一体型の大型筐体は当時のキーボーディストを圧倒した。
ピッチ・ベンド機能がついた最初の機種。
発売当時価格:260,000円

第5回へ続く
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2004年07月04日(Sun)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第3回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第3回:
-SH-1000開発にあたって-
とにかく国産第1号のシンセサイザーを作ろうというプロジェクトだったので、解決しなければならない問題点は山のようになったはずです。例えばシンセサイザーに必要な装置・機能をどのようにして選び出していったのでしょうか。
当時エンジニアとして開発にあたっていた赤松氏(現ローランドイーディー株式会社代表取締役社長)は「まず音の3要素を作るということで、その回路をどうするか、それにどんな機能を入れるかという方向で考えて、最初の段階で大枠は決めていました。あと、ポルタメントとトランスポーズは絶対にほしいと思っていました。鍵盤の数はチューニングの問題で最初は37鍵が限度でした」鍵盤の数は後ほどには61鍵まではクリアできたそうです。やはり当時一番苦労した点はオシレーターの安定性だったようです。「電源も安定度が悪かった時代で、どんなに工夫してもあの頃はピッチが狂っていましたね。音色の問題に関してはMoogやARPみたいに近づけたいというような余裕はありませんでした。作ったものがたまたまローランドの音になったという事ですね。取り掛かってから発売するまでに丸1年の突貫工事でした」

-解決すべき問題-
さて、当時のモノフォニックシンセサイザーで和音を弾いたらどうなったのだろうか・・・・
今の自分たちには想像できにくいことですね。もちろん現在のデジタルシンセサイザーでも最大発音数を超えてしまうとどれかの音が消えてしまいます。たいていの場合は一番最初になり始めた後から順番に消えていく仕組みになっているようです。ちなみに、日本最初のアナログシンセサイザー「SH-1000」は「低音優先」だったそうです。このように1つ1つ問題点をクリアしながらも突貫工事で作り上げていった「SH-1000」。突貫工事とはいえ、後のローランド製品を作る上で生かされる基礎技術は。ほとんどこのときに蓄積していったそうです。
「基礎になるメカは自分たちでやろうというのが出発からのポリシーでした。予算がなく回路などの測定器も高かったので買ってもらえませんでした。テスターなどで測定したりとか。いろいろと工夫しました。耳だけが頼りといった感じでした。それに当時はICの製造技術もかくりつしていませんでしたから、検査も大変でした。長時間通電していたら燃え出すなんてこともありました。今じゃ考えられませんが、48時間通電したまま置いておくエージングという検査をしていました。その検査でOKになった部品だけしか使いませんでした。もちろん、出荷時にもう一度エージングしましたよ」
SH-1000は、ほとんどが輸出され国内での販売は振るわなかったようです。しかしこの開発が今のローランドを支えているのでといっても過言ではないと思います。

第4回へ続く
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2004年06月18日(Fri)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第2回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第2回:
-ローランドの創業-
その後梯氏はHammondとの合弁会社、「日本ハモンド」を設立しました。そして、昭和47年梯氏は「ローランド株式会社」を設立しました。その時点で、電子楽器を中心にして行こうと考えていたそうです。そして、国産第1号シンセサイザーである「SH-1000」を開発していきました。「SH-1000」は昭和48年の発売でした。その当時、「Moog」や「ARP」のシンセサイザーは発売されていましたが、日本ではシンセサイザー自体がほとんど知れていない状態でした。

-国産第1号シンセサイザー SH-1000-
SH-100のスペック
 発売当時価格 165,000円
 鍵盤数 37鍵盤
 プリセット音色数 10音色
 同時発音数 1
 (1VCO、1VCF、1VCA、1ENV、1LFO、ノイズジェネレーター、S&H)
 特徴 1ボルト1オクターブを採用

第3回へ続く
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2004年06月17日(Thu)▲ページの先頭へ
「ビンテージ・シンセサイザーの世界」第1話「ローランドの歴史」 第1回 

ローランドの歴史
「日本製シンセサイザーを世界に認めさせた電子楽器専門メーカー」

第1回:ローランドは1972年に創業しました。以来30年以上、ローランドは生粋の電子楽器メーカーとして、シンセサイザーのみならず、ギターアンプやPA機材など、数々の名器を生み出してきました。
もちろん、シンセサイザーでも、アナログシンセの「JUPITER-8」アナログからデジタルへの移行期のシンセ「JUNO-106」デジタルシンセの「D-50」最近では「Fantomシリーズ」など、世界中で評価されている楽器の数々を製作していまする。
シンセサイザーだけに限らず、シーケンサーの「MC-8」やBOSSブランドのエフェクターの数々、DTMの世界でもトップメーカーとして、市場をリードしてきました。
ビンテージシンセの世界を語る前に、ローランドの歴史を語るときに欠かせない人物が、梯(かけはし)郁太郎氏です。創業者であり、現会長です。まずは、梯氏の創業にまつわるエピソードから話を進めたいと思います。

-オルガンに興味を持ったので作ってみた-
梯氏が楽器に興味を持ち始めたのは、オルガンがきっかけで、昭和30年ごろのことだそうですだ。普通なら、楽器に興味を持った場合、自分たちならどのような行動をとるだろうか?
「楽器を買うために、楽器屋へ行く」「音楽教室へ習いに行く」あたりが妥当かなと思います。
ところがなんと、梯氏は自分で楽器を作ったそうだ。
梯氏曰く「ものには順序があって、演奏したいと思ったんで作ったんですよ。結局弾く方は今でもだめだけど。(略)アメリカやイギリスの本を参考書にして試行錯誤して。電子オルガンも真空管の時代でしたからね。もともとテレビとかステレオをやっていたから、電子機器には興味があったんだけどね」
いくら電気製品といえども、テレビとオルガンとでは、だいぶ違います。電気だけでは解決できない鍵盤が不可欠です。さすがの梯氏も手作りで鍵盤を作ったりはしなかったようです。既成の鍵盤を利用し、それに自分で作ったスイッチを取り付けると言う方法で作っていたらしい。それにしても、本当に手本もなしで作り上げてしまったのだろうか。
「その時には日本には入ってきてなかったからですね。Hammondぐらいでした。1つきっかけになったのが、あるアメリカ製のオルガーノという製品。どういうものかというと、ピアノの鍵盤に取り付けてオルガンに替えるというものでした。それが大阪の教会にありました。それを修理したことがオルガンになじむきっかけになりました。大きなヒントでした。パイプオルガンの音は聞いたことがあっても、電子オルガンを見たのはこれが初めてでしたから」

-エース電子-
こうしてオルガンを自作し始めた梯氏は、昭和35年にエース電子を設立しました。最初の製品は44鍵盤2段でペダル鍵盤も付いたオルガンでした。
「一応ホームユースを狙っていたんだけど、今考えれば一般家庭でそういうものを買う人はいないわけですよ。売れたのは140〜150台ですかね。当時そういうオルガンを作っていたのはエース電子とヤマハぐらいでした」

第2回へ続く

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